西明寺

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坂東20番札所・西明寺

益子町の郊外に位置する獨鈷山(とっこさん)。西明寺はその南斜面の中腹にあります。 正式名称は「獨鈷山普門院西明寺」。真言宗豊山派に属し、本尊は十一面観音菩薩。坂東巡礼第20番、下野第13番の札所でもあります。
益子という氏は「土佐日記」で知られる紀貫之の後代、紀一族が益子に移り住み、西明寺の地「権現平」に紀貫之を祀ったことから始まりました。その紀貫之夫妻の像は現在、西明寺本堂の奥に安置されております。
益子の西明寺は本堂厨子、三重塔、楼門の国指定重要文化財をはじめ、弘法大師堂、鐘桜堂、そしてユニークな「笑い閻魔」で親しまれている閻魔堂があります。
また、18ヘクタールの境内には普門院医療施設の有床診療所があり、その近傍に、介護老人保健施設・看清坊、グループホーム・能羅坊などがあります。

●境内の拝観は自由。本堂内陣にお入りになる場合は300円を申し受けます。

西明寺の歴史

天平9年(737)行基菩薩の草創。紀有麻呂によって建立される。
延歴元年(782)一山12坊を数え、隆盛をきわめる。
延喜5年(905)栄山師によって観音像が修造される。
大納2年(1127)兵火により堂、塔、12坊とも消失。
治承2年(1178)堂宇宝塔が再興。
承元3年(1209)宇都宮景房によって、本堂が修理される。
建長7年(1249)北條時頼により、七堂伽藍が再興される。
正平6年(1361)兵火による災厄。
応永元年(1394)益子勝直により堂宇が再建される。
明応元年(1492)楼門が建立される。
天文7年(1538)三重塔が宇都宮家宗により建立される。
元禄14年(1701)平野赤市発願により本堂が改修される。
正徳4年(1714)閻魔堂の建立。
淳保7年(1722)鐘楼が再建され、現況に至る。

ブナやシイの木が自生する獨鈷山

益子は気候的に温暖な地域と寒冷な地域との境目にあると言われ、その特徴が植物にも現れています。獨鋸山にも、暖温帯性植物シイの木と、冷温帯樹木の代表であるブナが自生・共存しています。そして、この山は植物だけでなく昆虫や、野鳥についても興味深い観察ができます。本堂から権現平、高舘山の山頂につづく道は、ハイキングコースとしても楽しめます。
また寺の敷地内にも、天然記念物のコウヤマキやシイの大木が茂り、幹が四方形のめづらしい「四角竹」が群生しています。

休憩所・獨鈷處(どっこいしょ)

ご来山いただいた方のためのお休み処です。

軽食・喫茶を用意しております。手打蕎麦600~700円。

身障者およびオストメイトに対応し乳児のおむつ交換のできるトイレも完備。